「われに五月を」~寺山修司さん

久し振りの更新となりました。札幌でも桜はピークを終え、今では色鮮やかな花々と新緑が清々しい季節を迎えています。
そんな今日ある記事で寺山修司さんの「詩」に出会い、感銘を受けました。

愛読家の皆さんにとっては知らない人はいないだろうと思う著書であると思います。
この「われに五月を」の序詞である「五月の詩」は特に有名で、この詩だけ掲載された本も数多くあるようですが、詩が好きな私も寺山修司という名前は知っていましたが、この作品は知りませんでした。

「五月の詩・序詞」※一部抜粋させていただきます。

きらめく季節に
たれがあの帆を歌ったか
つかのまの僕に
過ぎてゆく時よ

夏休みよ さようなら
僕の少年よ さようなら
ひとりの空ではひとつの季節だけが必要だったのだ 重たい本 すこし
雲雀の血のにじんだそれらの歳月たち

二十才 僕は五月に誕生した
僕は木の葉をふみ若い樹木たちをよんでみる
いまこそ時 僕は僕の季節の入口で
はにかみながら鳥たちへ
手をあげてみる
二十才 僕は五月に誕生した

引用元:「われに五月を」5月に逝った寺山修司の、瑞々しいデビュー作

特に赤文字の表現が胸に刺さりました。
何を言いたかったのかは読み手の感受性に委ねられますが、彼の持つ感性から発する独特の表現なのだろうと思います。

又この著書の最後にある「僕のノート」の中にも、とても好きな表現を見つけました。

「僕のノート」※一部抜粋させていただきます。

「大人になった僕」を想像することは僕の日日にとってはなるほど最も許しがたく思われたものだ。

だが今では僕はそれを許そうと思う。いや、許すというよりもロムヌーボー「新しい大人」の典型になろうと思うのだ。
美しかった日日にこれからの僕の日日を復讐されるような誤ちを犯すまい。

引用元:寺山修司の軌跡

「美しかった日日にこれからの僕の日日を復讐されるような誤ちを犯すまい。」という言葉の中に彼の作品の原点が見えたような気がしました。

われに五月を (愛蔵版詩集シリーズ)
われに五月を (愛蔵版詩集シリーズ)

ある人の感性が、言葉という表現になり、又ある人の心に波紋のように広がって色づく。
そんな言霊を届けてくれる作品に出会えた事に感謝したいと思います。

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